2014/10/17(金)の聖教
1、ドイツ語訳「御書」第1巻が発刊 世界最大の書籍見本市で出版記念セミナー
SGI会長が序文 欧州の仏教研究の大家が前書き
「人間のための宗教」を世界へ
五大部含む172編を収録
ドイツ語訳の「御書」第1巻が、ドイツの著名な出版社であるヘルダー出版社から発刊された。
母語人口が約1億人を数えるドイツ語は、EU(欧州連合)域内の使用人口が最も多く、世界で出版される書籍の10冊に1冊はドイツ語といわれる。
発刊されたドイツ語訳は『英訳御書』から重訳されたもの。
第1巻では立正安国論、開目抄、観心本尊抄、撰時抄、報恩抄の五大部を含む172編を収録している。監修は、欧州の仏教研究の大家で、ヘルツォーク・アウグスト図書館館長のヘルビッヒ・シュミット・グリンツァー博士が務めた。
発刊に当たり、池田大作SGI(創価学会インタナショナル)会長は「序文」を寄せている。
その中でSGI会長は、今回の発刊はドイツ語圏における宗教間対話の礎となるものであるとの確信を披歴。その上で「現代の宗教間の対話において、それぞれの違いは違いとして認め合いつつ、各宗教の洞察と真実を学びあっていけば、『人間のための宗教』として互いに錬磨していくことができるに違いない」との真情をつづっている。
さらに、監修者であるシュミット・グリンツァー博士は「前書き」で、釈尊に始まる仏教史と、欧州などでの仏教理解の歩みを概観。「(日蓮大聖人は)自身の教えをもって、在世当時の鎌倉時代の貴族階級をはるかに超えて、民衆の救済の道への期待に応えた」と述べ、「この御書の出版によって、13世紀に生きた偉大な仏教の師匠である日蓮の教えが、ドイツ語圏の読者層に読まれることを心からうれしく思う」と語っている。
また、今回の発刊によって「歴史的な位置づけの中でSGIへの理解が深まっていく」とし、「(御書は)信奉者にとどまらず、幅広く仏教の伝統について理解を豊かにするもの」と記している。
世界最大の書籍見本市で出版記念セミナー
フランクフルト・ブックフェア
世界最大の書籍見本市「フランクフルト・ブックフェア」が8日から12日、ドイツ・フランクフルトで行われ、SGIが、池田SGI会長の著作など約180点の出版物を展示した。
約500年の伝統を誇る同ブックフェア。100を超す国や地域から約7100社が出展し、会場の「メッセ・フランクフルト」には多くの出版関係者や一般来場者が訪れ、盛況を博した。
SGIのコーナーには、このほど発刊されたドイツ語訳「御書」も展示され、注目を浴びた。
また、同書の発刊を記念するセミナーが10日、同会場内で行われ、監修者のシュミット・グリンツァー博士が「どのように仏教が欧州の平和に貢献することができるか」をテーマに講演した。
博士は、仏教は人々を強くし、世界をより良い場所に変える教理であると語り、「一人の人間」に着目する仏法哲学は、全人類の文化遺産と言えると述べた。
さらに、仏教を知ることで自身の無知を意識し、暴力ではなく対話によって、相互理解を求める心が生まれると指摘。「最大多数の幸福」を求める上で、仏教を学ぶ価値は大きいと語った。
また、軍部政府に抗い、国家権力に立ち向かった創価学会を評価し、慈悲の精神を根底にしたSGIの運動に期待を寄せた。
同じ内容の講演会は4日、ドイツ文化会館でも行われた。
2、東洋哲学研究所の講演会
東洋哲学研究所(東京・八王子市)の連続公開講演会「地球文明への道」の第4回が16日、新宿区の日本青年館で行われ、千葉工業大学惑星探査研究センターの松井孝典所長が「宇宙から考える文明」と題して講演した(写真)。
地球惑星物理学の第一人者である所長は、自然と生物が一体となった「地球システム」に、人類が「人間圏」をつくった結果、環境問題や資源・エネルギー問題が起こったと指摘。地球システムと人間圏の調和を築く上での、宗教の役割に言及した。
3、わが友に贈る
建設は死闘。
破壊は一瞬。
油断や慢心を排せ!
戦い続ける生命に
仏の智慧と勇気が湧く!
4、名字の言 「労苦と使命の中にのみ 人生の価値は生まれる」池田名誉会長の指針
ノーベル物理学賞に選ばれた中村修二教授は、大学では工学部に進んだ。物理を学びたかった気持ちもあり、工学への関心は薄かった。だが、興味深い大学の講義に心を動かされ、電子工学の道で、「もの作り」の醍醐味を体得していった▼その後、地方の化学薬品メーカーに入社し、開発課に配属。だが十分なスタッフや予算が付かない。ならば、と実験装置まで自らの手で作り、ついに青色発光ダイオードを開発した。当時、苦労続きの氏を支えたのは、価値あるものを創造することが人間たる証しという信念だった▼先日、創価大学の講義「トップが語る現代経営」に、河北新報社の一力雅彦社長が登壇した。同社は「東北振興」を社是に掲げ、創刊117周年を刻んだ東北地域の新聞社。東日本大震災では甚大な被害を受けた▼講義で社長は力説した。「非常時の今、正確な情報を読者に届けずして、何のために100年以上も発行してきたのか」。東北復興の一翼を担う深い決意がこもっていた▼創大構内に立つブロンズ像の台座には、創立者・池田名誉会長の指針が刻まれている。「労苦と使命の中にのみ 人生の価値は生まれる」。苦難の中で燃やす使命の炎が人間を鍛え、価値を創造する。時代を超えた普遍の真理である。(城)
5、寸鉄
★ ドイツ語訳の御書発刊。仏法史の壮挙。民衆救う大聖人の精神は世界へ!
★ 板橋の日。大東京に輝く難攻不落の錦州城。大胆に語り正義の陣列を拡大
★ あらゆる物に宝石が隠されている―発明王。人材は地元に。見つけ育てよ
★ 「貧困撲滅のための国際デー」。人権の尊厳へ。地球民族主義を時代精神に
★ 儀典部の皆様の尊き献身に感謝。供養貪る宗門まさに餓鬼道。正邪は厳然
6、世界市民の誓い 我らワールドシチズンズ ドイツ女子部書記長 ユリア・リヒターさん 全ての労苦は今のために
★信心を始めたきっかけを教えてください。
高校時代に親友から仏法の話を聞きました。17歳の時です。当時の私は、よく落ち込み、いつも空虚感に苛まれていて、どこか“悲劇のヒロイン”に憧れていたところさえあったと思います。
家族がクリスチャンでもあり、親しみのない東洋の宗教に対して警戒心を抱いていました。批判的な態度で聞いていた私に、何度も何度も友人が語ってくれた言葉の数々──「この信仰は、自分が輝いていくための信心なのよ」「弟子の成長を心から願う師匠に出会うことができた」。友人のこの確信が、心を変える決め手になりました。
★入会を伝えたとき、家族はどんな反応を?
父は、いつも私の意志を最大に尊重してくれていましたが、この時ばかりは“娘はだまされているのではないか”と心配したようです。しかし、今年の4月に父が初めてSGIの会合に参加。その感想を聞いて驚きました!
「このわずか1時間の集いで得たことは、これまで自分が信じていた教えの全てより大きい」ですって。
父は、一人一人が人間主義の仏法を体現し、互いに触発しあう姿に感銘したようです。会合終了後も、参加者をつかまえては、池田先生のことや題目の意味について質問していました。地道な実践を貫く友の姿を通して、“SGIの人々なら大丈夫”と納得してくれたのです。
★今まで信仰する中で一番大きな功徳と感じたことはなんですが。
大学進学時、漠然と“社会に貢献できる仕事に就きたい”と思っていました。しかし、私が専攻したのは文学や比較文化などが中心で、就職活動をするようになってから悩みました。社会貢献に直結するような仕事が、なかなか見つからないのです。畑違いの分野に飛び込んで挑戦しようとしましたが、うまくいかず、気持ちは焦るばかり。
私の心は次第に「大学で勉強したことは無駄だったのでは?」「自分の使命とは何なのだろう?」という後悔と不安でいっぱいになりました。
そんな時に励ましてくれたのが女子部の先輩でした。ある時は一緒に題目を唱えました。また、あるときは共に池田先生のスピーチを学びました。先輩は私と同じ時間を共有し、私の悩みに寄り添ってくれたのです。
こうした支えもあり、再び信心根本に挑戦する中で昨年、ドイツSGIの機関誌制作に携わらないかと声を掛けていただきました。大学での経験が存分に生かせます。
今までの苦労、そして学んできたことは全て意味があった、と自身の使命の深さをかみしめました。この仕事をするために私は悩んできた。全ての労苦は「今」のためにある! そう思えたことが最大の功徳です。
★「仏法に無駄はない」との指針通りですね。
ありがとうございます! 信心してから10年間、ずっと支えてくださった師匠、地域の方々、そして全同志への恩返しをしていきたいと思います。
最も好きな、そして繰り返し拝読している御書の一節に「一念に億劫の辛労を尽くせば本来無作の三身念念に起るなり所謂南無妙法蓮華経は精進行なり」(790㌻)とあります。
戸田先生が池田先生に教えられた、師弟の精神が凝縮した一節でもあります。
どんな悪条件の時でも、また、いかなる逆境の時であっても、「師弟不二の精神」で強盛に祈っていくことで、現状を必ず打開できることを、この御文から学びました。
世界広布新時代の主体者として、人材育成、そして折伏に全力を挙げてまいります!
7、響き合う魂 SGI会長の対話録 第50回 韓国・国立済州大学 趙文富元総長
労苦こそ指導者の条件 人間性こそ知性の土台
趙文富博士には、大人の風格がある。攻撃の刃をも溶かしてしまいそうな穏やかな笑顔の中に、鋼鉄の信念を包んでいる。
「世界平和のため、人間愛のため、慈愛を持って行動されている池田先生の姿を忘れたことはありません」
一度結んだ友情は決して裏切らない、信義の人である。
先月19日、博士は関西国際空港に降り立った。トレードマークの「笑顔」は健在だった。
そのまま向かったのは、初秋の大阪・交野。1998年、2005年に続く、3度目のの関西創価学園の訪問である。
優しく鋭い眼差しで、学園生に語りかけた。
「苦労こそ人生の宝です。熱心に勉強してください。人類社会の課題をその双肩に背負って、偉大な使命を果してゆかれることを念願しています」
韓国・国立済州大学の総長を務めた博士は、創価学園・大学を「人間教育」の理念を共有する“兄弟校”と呼ぶ。
創価大学との間に学術交流協定が締結されて16年。
毎年のように交換留学生が両校を往来。済州大学での語学研修の際には、博士自ら創大生の輪に入り、SGI会長との友情、韓日友好の重要性等を伝えた。
博士が創価教育の創立者・池田SGI会長を知るきっかけは、知人から紹介された著作をひもといたことだった。
日本軍国主義と対決した牧口初代会長。戸田第2代会長の不屈の信念に深く感銘。韓国を「文化大恩の国」とし、日韓友好の道を青年に説くSGI会長の行動に、語らいがはずんだ。
「池田先生は思っていた通り、日本人ではなく、世界人でした。世界の指導者でした」と振り返った博士。会見の席で、こう伝えるのだった。
「池田先生が提唱する人間主義こそが、人類の根本問題を解決すると思います」
「新世紀の『平和の島』を目指す済州島に、また、わが大学に、ぜひ、お越しください!」
◇
麗しの宝島・済州島にSGI会長が着いたのはよく99年5月16日。空港で、趙博士が待っていた。約束は果されたのだ。
17日、済州大学からSGI会長に「名誉文学博士号」が授与された。同大学が外国人に贈る第1号の名誉学位記である。
日本の植民地支配による反日感情から、日本人への受章に慎重な教員もいた。しかし当時、総長の博士は、SGI会長の思想と行動を丁寧に語っていった。「池田先生のような人に名誉博士号を差し上げることこそ、私たちの光栄ではないか」
博士の熱情と論理の前に、慎重論は消える。学内機関の全会一致の賛同、韓国政府の教育部(当時)の承認を経て、歴史的な名誉学位の授与は実現した。
17日の授与式、祝賀晩餐会、18日の答礼宴と、博士は三たび、あいさつに立った。祝賀晩餐会ではこう述べた。
名誉学位記の受章は「池田先生が、今までの人生において、『人類の文化・教育方面の交流の増進』を一貫して主張してこられ、さりを中心軸として、『世界の反映と平和』を実現するうえで、とても大きな足跡を残された証しであります」と。
◇
SGI会長は言う。「趙博士の人生の奇跡は、それ自体が、幾多の青年たちにとって何よりの励ましとなるに違いない」
32年、日本の植民地支配下の済州島に生まれた。実家は農家だった。日本の搾取によって、土地や物資を根こそぎ奪われ、暮らしは困窮を究めたという。
ようやく迎えた45年8月15日の「光復の日」。しかし48年、島では「四・三事件」が勃発した。南北分断に反対した人がいたことで、島民は武力弾圧を受け、8万人が死傷した。戒厳令が敷かれ、学校は軍の駐屯地になった。
博士は、小学校を最優秀の成績で卒業しながらも、中学進学を一度は断念、。毎日のように歩哨に立ちながら、わずかな休憩時間に本を開き、1年半で中学3年間の講義録を学び終えた。
祖国の混乱は続いた。50年に韓国動乱(朝鮮戦争)が開戦。そのただ中で、検察庁の給仕などをしながら学び、最高峰の名門ソウル大学に進学した。
苦学の中で博士は思った。どうして指導者は、苦悩に沈む民衆を救ってくれないのか。民衆を悲嘆に導くのは、真の知性の不在に因があるのではないか。
博士は語る。「指導者は苦労しなければなりません。そうでなければ、本当に苦労している人の心は、わからない」
博士はSGI会長と、2冊の対談集を発刊している。“真に偉大な人物”の要件について、博士の考えは明快だった。
「人類社会に尽くす前の過程において『自身の苦労に負けずに、これに打ち勝つ人』です」
“想像力にあふれた人材”の育成を、こう論じた。「大事なのは人間性です。愛情です。感情こそが理性や知性の働きをも支えるのです。どんな人も愛していける──そうなってはじめて、本当の想像力がわいてくるのではないでしょうか」
苦学の青春を送っただけに、故郷で教育の道に進んでからも、困っている学生をみると、放っておけなかった。若いころは給料の大半を、貧しい学生の学費を補填するために使った。
ソウルから島に疎開してきた学生の親代わりとなり、1年間、寝食を共にしたこともある。その学生が後に、ソウル大学教授を経て、教育部長官(日本の文部科学大臣)になり、97年、博士の済州大学総長の就任に駆け付け、祝辞を述べたという逸話も有名である。
SGI会長は、「最高の人格の教育者」が博士であり「感謝の思いは尽きない」と語った。
「立場が高くなればなるほど、博士のように、常に原点に立ち返る姿勢こそ、真の賢人であると思います」
◇
先月21日、創価大学で行われた「創価教育同窓の集い」で、趙博士は講演した。
数千人の卒業生が待つ記念講堂への道で、博士は言っていた。「きょうは、池田先生に対する、あふれるばかりの感謝の心を伝えようと思います」
約30分の講演は全て日本語。真心こもる声が講堂に響いた。
「人間として、人類社会の一員として、人間の価値を感じ、その価値に基づいて生活することこそ、生命の価値を高めるということを、池田先生から教えていただきました」
「私は生命のある限り、常に池田先生に感謝を捧げるつもりです。もし私が死んだ後に霊魂が残っているならば、霊魂が残っている限り、先生に感謝と真心を捧げるつもりです」
この世に友情ほど美しく、尊く、幸福なものはない。博士の言葉が、笑顔が、そう教えるかのようだった。
8、社説 あす、民音創立の日 音楽の力が世界と人間を結ぶ
ミャンマー国立芸術団の最終公演(民主音楽協会〈民音〉主催)が昨日、都内で開催された。創作舞踊「平和の時」が演目の一つとして披露され、観客から喝采を浴びた。この舞踊は「一枚の鏡」に込められた、池田名誉会長の平和への思いを表現した作品である。
「一枚の鏡」とは鏡台の鏡の破片のこと。名誉会長の母は嫁入りの際、鏡台を持参したが、それが何かの拍子に割れてしまった。居合わせた若き池田少年と長兄・喜一さんとがその破片を拾い、2人の大切な宝物とした。第2次大戦の時代、4人の兄たちは次々と出征。10代の名誉会長は、この破鏡を胸に抱き、空襲の炎をかいくぐった。破片を見ては兄をしのんだ。戦争が終結し、長兄のビルマ(現ミャンマー)での戦死が確定的となった時、不戦への誓いを強くしたのであった。
時は移り、1961年(昭和36年)2月、名誉会長はアジアを歴訪。インドからタイに向かう旅の中、ビルマの大地を見つめながら民音設立を構想した。当時の思いが、小説『新・人間革命』第8巻に綴られている。
――人類が悲惨な戦争と決別し、平和を築き上げていくには、何が必要なのかを考え続けた。そのために不可欠なことは、民衆と民衆の相互理解を図ることだ。それには、音楽などの芸術・文化交流が大切になる、と。
63年(同38年)10月18日、民音創立の記念演奏会が東京・文京公会堂で行われ、新しい歴史が始まった。以来、半世紀。現在まで、民音の交流は105カ国・地域へ広がり、各種公演の鑑賞者は、のべ1億1000万人を超える。
本年も、アルゼンチンの「ドラマチック・タンゴ」、軽快な音楽と踊りの「アイルランド音楽の伝承者たち」、梅蘭芳の生誕120周年を記念する「中国国家京劇院『梅蘭芳』芸術特選」など、数多くの公演が列島を潤した。他方、東日本大震災で被災した子どもたちに希望を送る「東北希望コンサート」は35回を数え、41年間続く「学校コンサート」は4100校超で上演された。
「話すことばが異なろうと、風俗習慣が異なろうと、文明の深度の差が、どれほど大きかろうと、互いの心情の共鳴は、音楽の力によって果たすことができるだろう」(『池田大作全集』第18巻)とは、名誉会長の一貫した信念だ。同じ志で〝庶民と共に歩む芸術〟を目指し続ける民音は、これからも、世界と人間を固く結ぶ大文化運動の先頭を走る。
9、今日の発心 御講聞書 841㌻ 【誓いのままに「水の信心」貫く】
御書 水の如きの行者と申すは水は昼夜不退に流るるなり少しもやむ事なし、其の如く法華経を信ずるを水の行者とは云うなり(御講聞書、841ページ・編1687ページ)
通解 水のような行者というのは、水が昼も夜も流れ続け、少しも止まることがないように、不退の心で法華経を信じる人をいうのである。 .
たゆまぬ信心の人を「水の行者」に譬えられています。
1960年(昭和35年)7月、会長就任からわずか2カ月後の池田先生が沖縄を初訪問し、沖縄支部を結成してくださいました。当時、入会間もなかった私も先生から“福運を積むんだよ”との励ましを受けました。その際、生涯、師と共に広布の大道をと誓ったことが私の原点です。
翌年5月、先生の2度目の沖縄訪問の際には「生涯 水の如く」と書かれた色紙を頂きました。
先生の指導と色紙を大切にしながら、今日まで一歩も引くことなく信心を貫いてきました。
今は亡き夫は沖縄研修道場の初代事務長としての使命を頂き、広布に戦い抜きました。長男、長女の家族は東京で頑張っており、私も元気な毎日を送っています。全て水の信心を貫いてきた功徳だと実感しています。
本年は沖縄広布60周年の佳節です。先生が示された「沖縄を最初の広宣流布の地帯に」を合言葉に、青年部を先頭に団結し、楽しく朗らかに活動に励んでまいります。
沖縄総県婦人部主事 本山多津子
10、池田名誉会長が贈る 勝利の人間学 第62回 リーダーの一念
誠実一路に信頼を広げよう
私には三つの宝がある。
それは、永遠不滅の「妙法」である。
そして「師弟」――わが恩師・戸田城聖先生であり、わが愛弟子たる君たちである。
三つ目は「誠実」である。どこまでも誠実一路で進み抜いてきたからこそ、創価学会は、今日の大発展を遂げることができた。
乱世であるがゆえに、誠実がますます光る。
日蓮大聖人は、若き南条時光に、「かく(隠)れての信あれば・あら(顕)はれての徳あるなり」(1527㌻、「上野殿御消息」)と御指南されている。
誠実のリーダーには、信頼がついてくる。誠実を貫き通す青年が、最後は必ず勝利する。
責任感がリーダーの条件
「力」のある人とは「責任感」のある人だ。
私が対談した、世界的な環境学者でローマクラブ共同会長のヴァイツゼッカー博士も、青年に贈る指針として「責任を持て」を挙げられていた。皆のために汗を流し、使命を果たし抜いていく人材を、世界は求めている。
創価のリーダーは、「断じて皆を幸福にしてみせる」という責任感の人であり、誰がやらなくとも「一人立つ」人のことである。
責任感は真剣な祈りとなる。そこに最高の智慧が湧き、絶対勝利への行動が光る。
多忙の中でも、広布のため、同志のために、心を配り、電光石火で手を打っていくのだ。
共に喜ぶ勝利の日まで
戸田先生は、よく言われていた。
「仏法の慈悲とは 『抜苦与楽』 といって、人々の苦しみを抜き、喜び、悲しみを与えゆくことである」と。
大変なことのようだが、皆も必ずできる。それは、親身に友の声に耳を傾け、共に悩み、共に祈り、共に一歩を踏み出すことだ。そして勝利を決するまで、共に戦い切ることだ。ここに、青春の無上の充実と喜びがある。
「自他共に智慧と慈悲とあるを喜とは云うなり」(761㌻、「御義口伝」)と仰せの通りである。
苦悩が渦巻く世界に、願って生まれた地涌の菩薩の我らだ。誇りと確信に燃え、あの友この友に、励ましの陽光を注ぎゆこう!
【社会の情勢】
◆ いじめ認知小学校11万件 過去最多
◆ 宅建業者、危険度説明を 土砂災害で協力要請 国交省
◆ ミツバチ保護は重要 農作物の生産に重要 国連機関報国
◆ エボラ熱、世界的対応を 米欧5カ国首脳がビデオ会議
◆ 「偽物」商品の苦情増加 通販8割超、健康被害も 13年度